仙台高等裁判所 昭和41年(う)70号 判決
控訴趣意(事実誤認、法令解釈の誤りの主張)について
原審で取り調べた各証拠、ことに特許公報謄本によれば、原判決も説示しているとおり、株式会社高北農機製作所の有する本件特許の「特許請求の範囲」の記載は、「本文に詳記する様に、数条の弾性犂〓片の根部を一体とし、該根部全体を犂先支持板に固着すると共に、各犂〓片の背後を連結板で連絡して犂〓を形成し、上記連結板を操作して各犂〓片の弾性により犂〓の根部を起点として犂〓面を所望に捻曲せしめる事を特徴とする犂〓。」というのであるから、この特許発明の技術的範囲の要点は、犂〓面を所望に捻曲せしめることであつて、この要件を具備しないものは、特許請求の範囲に属しないものであることが明らかである。そして、右「特許請求の範囲」の冒頭にも本文引用の記載がなされているように、およそ特許発明の技術的範囲を決定する基準たる特許請求の範囲をより明確ならしめるためには、特許明細書中の発明の詳細な説明、略解された図面(実施例)等明細書全体の記載が参照されるべきものであるから、本件においても、特許公報謄本の記載によつて「発明の詳細なる説明」およびその引用にかかる各実施例を参照し、なお原審および当審におけるその余の各証拠をも参酌して検討すると、右にいわゆる犂〓面を所望に捻曲せしめるとは、単用犂にかかる実施例第一図ないし第五図の場合に則していえば、使用者が、使用前、把手を操作して、その欲する度合の捩り曲面を犂〓面に生じさせたうえ、把手を溝に嵌入し、固定して得られた犂〓面を保持することであつて、つまり、犂〓を土中に入れた後の、土壌の重圧による犂〓面の変化は、これを使用者において予め考慮する余地のないものであることが明らかであるが、これに対し、双用犂にかかる実施例第七図および第八図A、B、Cの場合に則していうならば、同実施例が、可動杆で連結板の一端のみを抑圧する構成をとつていること、しかも本件発明が、耕耘しようとする土質に応じ、各弾性犂〓片に常に適切な捩り曲面を与えて、犂先によりすき上げられた土塊を確実に反転するとともに土壌の附着を防止することをもつて発明の目的ないし効果としていること、同実施例に関して「本実施例に於ても、前記第一図乃至第五図に示す実施例と同様に、耕き上げられた土塊は確実に反転し、犂〓に土壌の附着を防止すると共に、耕き上げられた土塊の重圧によつて、犂〓の左側の犂〓片3は其の根部2を起点として後退するから、土塊の反転はより良好となるのである。」との説明がなされていること等の諸点にかんがみると、同実施例にいわゆる犂〓面を所望に捻曲せしめるとは、使用者が、使用前、犂〓を土中に入れた後の土壌の重圧による犂〓面の変化を予め考慮に入れて、可動杆を適宜操作し、その欲する度合の捩り曲面を犂〓面に生じさせたうえ、止金を可動杆の溝に嵌入して固定し、かくして、耕転に際し、犂〓面を当初の考慮勘案にかかる土壌の重圧による変化を来たした曲面として、しかも土中においては常に一定な曲面として、これを保持することであると解釈するのが相当というべきである(すなわち、同実施例が、連結板を可動杆によりほぼ一点で支えているにすぎない構成をとつていることからして、使用者が、同実施例につき、使用前、犂〓面に生じさせるべき曲面の度合―その欲する度合―如何を自ら定めるにあたつては、当然に、土中に入れた後の土壌の重圧による犂〓面の変化ということを考慮のうちに入れざるをえないのであり、この意味において、本件特許のすべての場合につき土壌の重圧による犂〓面の変化ということは無視されるべきである、との趣旨に帰する見解は、当を得ない。したがつてまた、右の帰結としても、使用者の当初の所望にかかる曲面は、土中において常に一定に保持されなければならないものと解されるのである。)。証人牧順四郎および同渡辺勲の原審における各証言、鑑定人庄司英信作成の各鑑定書ならびに同人の原審および当審における各証言は、右の認定に添わない限度においてはこれを採用することができないし、また、「発明の詳細なる説明」中、第八図Bの実施例もそれ自体で所望に捻曲せしめうるとの説明部分が、本件特許に関する異議申立の手続に際して削除されたとの事実の存することが、弁護人所論のように右の解釈の妨げとなるものとは必ずしも考えられない。
ところで、本件公訴事実につき、検察官は、被告人が社長である佐々木農機株式会社の製作にかかりかつ原審で証拠調を経由した証第三号、第一三号の各双用犂(畑用犂)が、本件特許権を侵害する犂〓に該当するものと主張しているので、これら双用犂が本件特許の請求の範囲に属するか否かが被告人の刑責の有無を決する要点であるものと考えられること、さらには、これら双用犂が、本件特許の前記実施例第七図および第八図A、B、Cと構成を同じくするものであることが証拠上明らかであるので、これらは、一見、犂〓面を所望に捻曲せしめうる犂〓で本件特許の請求の範囲に属するものと推定しうるかの如くであること、はいずれも原判決の説示するとおりである。しかしながら、右各双用犂につき検討すると、鑑定人森周六は、その作成にかかる各鑑定書および原審における証言において、同人が証第三号、第一三号の各双用犂につき犂耕実験をなしたところによれば、これら双用犂が連結桁板を犂〓受のコロ金具により殆んど一点で支えているにすぎない構造上からして、犂耕中、その犂〓面は土中において常に前後に動揺して一定せず、その結果、壌土の反転、放擲の状態がいかなる速度の場合でも不同であつたこと、なお、犂〓面が右のように土中において一定しないものであるときは、犂耕の目的を完遂することはできないのであつて、このことは理論上も明白なことである旨の所見を示しており、さらに鑑定人庄司英信も、その作成にかかる各鑑定書ならびに原審および当審における各証言において、犂〓面に加わる土壌の押圧力は、同一種類の土壌中を犂耕する場合においても、土塊の大小等により常に不確定なものであることが実験上明らかであるので、証第三号、第一三号の各双用犂では、使用者が予め土壌の押圧作用をも考慮に入れて可動杆を適宜操作するにせよ、その犂〓面を土中においても一定に保持するとのことは結局できるものではなく、整一的な犂耕を遂げることはできない旨、森鑑定人と同趣旨の所見を示しているのである。なるほど、論旨は、この点に関して、使用者が予め捻曲面を所望に設定すれば、捻曲された犂〓面が土中においても一定の範囲で保持されており、初めの意図と異なつた無意味な変化を来たすことはない旨主張し、鑑定人前田春興作成の鑑定書、ことに「証第三号、第一三号とも可動杆を移動させることによつて土壌の反転に明らかに影響を及ぼしている。従つて、どのように可動杆を動かせば土壌がどのように反転するかが予め分つておれば、可動杆を操作することにより所望の捻曲を得ることができる。」との鑑定部分等を援用しているけれども、右は、これと趣旨を同じくする同人の当審における証言、鑑定人植松時雄作成の鑑定書および同人の当審における証言、鑑定人萼優美作成の各鑑定書ならびに同人の原審および当審における各証言、鑑定人沼田新助作成の各鑑定書および同人の原審における証言、証人新関三郎の当審における証言などとともに、小くとも右の点に関する限りにおいては、いわば仮定的ないし抽象的な見解と評すべきものであるにすぎず、前記森周六および庄司英信の各鑑定結果ないし証言と対比して、いずれもにわかにこれを採用することはできない。
そうすると、証第三号、第一三号の各双用犂は、前記のとおり、耕転に際しその犂〓面を土中において常に一定に保持することができるものとは認められない以上、すでにその点において、本件特許の請求の範囲にいわゆる「所望に」捻曲せしめうるものとは認めるに由ないものというべく、してみると、本件特許にいわゆる「捻曲」ないし「捩り曲面」の意義如何、これら双用犂がその犂〓面につき右の意義においての「捻曲」をさせうるものであるか否か、等の点についてさらに検討を加えるまでもなく、これら双用犂は、本件特許の請求の範囲に属しないものといわなければならない。
原判決が示している見解のうち、以上の判断に添わない部分は、当を得ないものといわなければならないけれども、証第三号、第一三号の各双用犂が、その犂〓面を所望に捻曲せしめうるものとは認めることができず、したがつて本件特許の請求の範囲に属するものとはいうことができないとした原判決の認定は、結局正当であつて、なお、原判文に徴すると、原判決は、特許明細書の第七図および第八図A、B、Cの実施例をもつて本件特許の権利範囲に属しないものであるとまで認定した趣旨とは解されないから、原判決に所論のような法令解釈の誤りが存するものとも認めることができない。
そうすると、被告人の右各双用犂の製作ないし販売をもつて本件特許権を侵害したものとは認めることができないし、また、本件の証拠上、他にも右侵害の事実を肯認するに足りる確証は存しないところであるから、原判決が被告人に対し、犯罪の証明がないものとして無罪の言渡をしたのは正当というべきである。
なお、記録によると、被告人は、原審における被告事件に対する陳述に際し、「昭和三〇年八月頃から同三三年一月二二日頃までの間継続して畑用犂を製作して販売したことは相違ない。株式会社高北農機製作所で畑用犂につき、その特許登録をしていることは、昭和三一年春頃同会社の方から、特許登録をしているから製作販売しないようにとの警告があつて初めてこれを知つた。そこで自分は、畑用犂につき自分の会社製作のものと高北製作所製作のものとを対照調査してもらつたところ、自分の会社製作のものは、高北製作所の特許の権利範囲に属していないとのことであり、自分自身左様に考えていたので、何ら特許権を侵害しているとは思つていない。」旨供述しているのであつて、これと原審におけるその余の関係各証拠とを総合して検討すれば、被告人が、右のように、昭和三一年春頃高北製作所側からの警告を受け、同会社の特許登録の件を初めて知つたので、その頃、被告人の会社の製作にかかる畑用犂(前記証第三号の犂と同一種類構造のもの)を弁理士橘英二に示してその専門的な意見を求めたところ、同人から、「高北製作所の特許の権利範囲に属しない」との、実験に基づく確定的な意見が示されたので、特許に関しいわば素人である被告人としては、右の意見に従い、これに格別の疑義を抱かず、以後も従前同様に畑用犂の製作販売を継続したものであるとの事実が認められるのであり、被告人が、その畑用犂の製作販売にあたつて、高北製作所の特許権を侵害するとの認識を有していたことの証明は、記録を検討しても、十分ではないものといわなければならないから、この点からしても、結局、被告人の刑事責任はこれを肯定するに由ないところである。
原審および当審におけるその余の証拠を検討しても、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令解釈の誤りの違法を発見することはできない。論旨は理由がない。
そこで、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとする。